神様の憂鬱

神様の代わりにいろいろ経験しています

戦争と平和

平和になるために戦いをしているの?

自分達が正しいことを証明するため?

 

争いの火種は

個人から

国から

宗教から

結局無くなることはない

 

なぜならこの記事に書いたように

 

tsuyuri0507.hatenablog.com

 

すべての人が正しくて

でも

それぞれの正しさが違うのだから

どちらが正しいか白黒つけなければ気が済まない時は

覇権をとるためにやはり争うしかないのだ

 

 

 

 “誰もが世界を変えたいと思うが、誰も自分自身を変えようとは思わない。”

 

戦争と平和』の著者トルストイの名言ですが

これを引用しているものの中には

「人に挨拶するなどの小さいことから始めよう」的な解釈があるけど

 

tsuyuri0507.hatenablog.com

 

今の私はこの記事のように

物事に対して自分が意味付けを変えることだと思ってる

 

 

争って勝利して平和を勝ち取っても

それは結局争いであって

 

平和であるためには

ただ平和でいることなのだ

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いつも断言して言ってるけど

そう、私も

 

【いつも自分が正しい】のだ

 

 

 

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